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2011.07.07 Thursday |  | - | - | - | 

2.父、「千秋」

この日記は2001年11月に書いた日記です。

<父、千秋>

はい、こんにちは。

明日は早くに新幹線に乗らなければならないのに、夜更かしの小春せんせです。

九州の実家へは、もう1年帰ってません。
あたくしの本籍は柳川でございます。 北原白秋の実家とは家族ぐるみのおつき合いをしていたと聞きます。
「白秋さんとこは火事になって、それからが大変やったと」と曾祖母が言っていたそうです。
父の生家は大変裕福な家で、父の父は趣味で教育者をしておりました。

ところが、小豆だったか、相場に手を出し、大損をして12部屋もあった、生家は他人の手に渡り、土地も失い、一家は離散いたしました。
父は一人だけお弁当ももたず、お昼に鉄棒にぶら下がってみんなが食事がおわるのを校庭でまっていたそうです。

15歳でだれにも言わず満州にわたり、そこでしばらく暮らし、その後戦争にかりだされ、どうにか弾に当たらず、帰国いたしました。

その後、新聞社勤務を始め、もう30代も半ばを過ぎた頃、11歳も年下の母を見初め、母の実家の強固な反対にもめげす、母をめとったのでありました。

あたくしの知っている父は、いつも着物を着て、火鉢の側で物思いにふけっておりました。
時折、何か思い出したように書斎にいき文机に向かってなにやら書き物をしておりました。 こっそり見てみると、原稿用紙には「千秋」と書かれていました。父のペンネームです。
あたくしのHNの小春はこのまねっこでございますのよ。

血筋がそうさせるのでしょうか、父も、博打がすきで、記者仲間と徹夜麻雀などをしていました。
「三日たっても帰ってこなかったら、雀荘に笋靴討海ぁ廚噺世せ弔靴董⊆磴な譴隼或佑量爾鬚曚辰燭蕕して、出かけていたそうです。

しばらく経つと、ヒゲぼうぼうになって帰ってきて、黙ってお土産を出してきます。 「夏目漱石全集」「新潮社 世界文学全集」「サン・テグジュペリ」等々・・これらが戦利品でした。
綺麗な装丁の夏目漱石は、小さいながら全部、読みました。たぶん活字を追っただけでしょうが。
文学全集のほうは、一巻から読み始めましたね。これはかなり気合をいれて読みました。最後に読んだのはバルザックの「谷間の百合」だったと記憶しております。

あまり話をすることもありませんでしたが、あたくしは父が大好きでした。

明日は、父に会えます。 去年帰った時には、あたくしのこと、あまり思い出せないようでした。

それでもいいのです。父の側にいて、顔をずっとみていようと思います。
2007.03.12 Monday | 23:00 | comments(1) | trackbacks(1) | My Family | 

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